私がどうしてセラピストになったのか!(3)

『今のスタイルのセラピストになったわけ』の続きです!

前回は、大学入学から最初の離婚に至るまでの話でした。

今日は、最初の離婚後の話です。

では、つづきを読んでみてください~~。


 

別居時期から、
ひとりで2人の子育てしていく自信もなく、
すでにある方とのお付き合いが始まっていました。

そして離婚後、
すぐにその方と再婚。

さらに2人の子供を出産。

こんなに簡単に書いたら、
なんか簡単に結婚して、
簡単に、また2人産まれたみたいに思うかもしれないけど、

もちろんいろいろありました。

 

自己受容できていない、
精神的自立もできていない、
大人になれていないままで、
私は4人の子供の母親になってしまったのです。

 

この時は、一般的な母親の年齢になって出産したのですが、
(長男と四男の年の差は、一周りほど違います)

平穏な子育てとは程遠いものになりました。

 

子育てからの学びを書いていたら、
『私がセラピストになったわけシリーズ』だけで、
数日かかるので、ここでは割愛しています。

 

子育てのほんの一部の出来事なのですが、
もし、私の子育て奮闘記『子どもの闘病生活編』を読んでいただけるなら、
下のリンクからお願いします。

自叙伝⑥ 重症心臓病の三男出産(2009年4月24日アメブロ記事)

自叙伝⑦ 新生児ICUでの対面まで(2009年4月25日アメブロ記事)

自叙伝⑧ 闘病子育てへ(2009年4月26日ブログ記事)

自叙伝⑨ 闘病生活と手術(2009年4月27日ブログ記事

三男の心臓病の闘病から得たもの(2009年4月28日ブログ記事)
2度目の離婚では、
結局、元夫に下の二人の子供の親権を明け渡すことに。

愕然としました。
生きる気力をなくしてしまいました。

 

子どもの存在が生きる支えになっていた私は、
私を必要としてくれる幼子と引き離され、
生 きる意味がなくしたのです。

 

何度も車に飛び込もうとしましたが、
死ねませんでした。

 

結局は生きるしかないのだから、
何か自分ができることがないかと考えました。

 

そして、子どもを授かる前にやりたかった 仕事をしたいと思ったんです。
それがカウンセラーという仕事でした。

私と同じように苦しんでいる人の力になりたいと思いました。

「私と同じように苦しんでいる人を助けたい」
という思いがあふれていました。

 

しかし、その頃の私はまだ苦しみの最中だったので、
もう一度学びなおすために通ったカウンセリングスクールでは、
「今のあなたではカウンセラーになることはできない。」
と言われてしまったのでした。

 

1度目の結婚も2度目の結婚も、
自己否定感の強いまま、
自分の寂しさを相手で埋めようとしていたからこそ、
隠れた心の問題を持っている男性と結婚することになったのです。

 

そして、私自身が、夫を浮気や DV に落とし込んだのかもしれません。

~~つづく~~

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