私がセラピストになったわけ(その5)

昨日までで、私の40歳ぐらいまでの人生の歴史をお話しさせてもらいました。
今回から、カウンセリング・セラピーを受けた歴史に照らしてお話ししてみます。

今日のところは、
癒しをさまよっている人への参考にもなるかもしれないので、
癒しを求めてさまよった話をできるだけかいつまんで話しますね。

それでも、長いですが、おつきあいくださいませ。

 

『私がどうしてセラピストになったのか!(その2)』にも少し書いていますが、

私がカウンセリングを初めて受けたのは、
大学教授の研究室でのセクハラじみたもので、
次には、学生相談室のカウンセリングでした。

 

学生相談室のカウンセラーには、
結局求婚されてしまい、終わりになってしまいました。

 

癒しになるより、
「優しくしてもらえるのは、性の対象としてだ!」
というビリーフを作ることになった傷つきだったと思います。

当時の私は、怒りもほとんど感じていませんでした。

そのことを相談した叔父には、
「なんでそんなことをされたんだ。」
と、私にスキがあったと怒られてしまったので、
「私が悪いんだ〜」
と、相手への怒りではなく、
自分を攻めていましたから。

 

この傷つきを本当の意味で、癒していけるには、
すご〜〜〜く長くかかっています。

 

 

子どもの頃から漠然とあった生きづらさや、
両親と離れた寂しさから楽になるために、
大学のときに、エンカウンターグループのワークショップに出たり、
カウンセリングの勉強の中でのペアワークが、
癒しの旅の最初かもしれません。

 

でも、あまり楽になっている感覚はなく、
結局、性の泥沼にはまっていき、
妊娠して学生結婚したのでした。

 

次にカウンセリングを受けたのは、
児童相談所の心理士さんのカウンセリングでした。

1度目の結婚のときの夫の不倫が、
二人目の子どもを産んだまもなくということもあり、
精神的に不安定になった私は、
子どもに当たってしまい、
「私は子どもを虐待して、子どもがおかしくなっています。」
と、自ら児童相談所へ助けを求めに行ったのです。
児童相談所へ通うことができたのは、
とりあえず平常心がなんとか保てる助けにはなりました。

児童相談所の心理士さんとの時間がなければ、
頭がおかしくなっていたと思います。

 

 

そして、
2度目の結婚が破綻するころにうつ病になり、
クリニックの臨床心理士さんのカウンセリングには長く通いました。
何度かクリニックを変わっているので、
3人ほどの臨床心理士さんのカウンセリングを受けています。
でも、やっぱり話を聞いてもらって少し楽になるぐらいで、
自分が変わっている感覚は持てませんでした。

 

 

2度目の結婚の別居中に下の子どもを夫に取られたときから、
カウンセリングの勉強のやり直しは始めたものの、
精神的に破茶滅茶な時期は続いていました。

 

 

お恥ずかしながら、
40歳過ぎて、思春期の男の子が二人いるなか、
再度、男性との交際に溺れることが復活していたぐらいですから。

 

このときも、そのスクールの先生でもある方のカウンセリングも何度か受けたりもしました。

 

そのときの印象は、
リフレームで我に帰る体験もあり、
「病院の臨床心理士さんより凄いなぁ」
と思った記憶があります。

 

こんな感じで、
どれだけ傷つけられても、
裏切られても、
人を信用する気持ちはずっと残っていたので、
常にヘルプを求めてカウンセラーを渡り歩いていました。
カウンセリングスクールでは、
箱庭療法とかゲシュタルト療法とか催眠療法とかも
やり方を教えてもらった程度で、
潜在意識の深い部分を扱えたという体験はありませんでした。
今日は長くなったので、次回に
私が癒されていったのはどうやってかという話をしますね。

〜〜つづく〜〜

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です